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(食物依存性)運動誘発アナフィラキシーの診断と治療

どんな病気?

非常に強いアレルギー症状が短時間に引き起こされて、全身性の蕁麻疹などの皮膚症状、気道の狭窄による呼吸困難、嘔吐や下痢などの消化器症状、血圧の低下などの循環器症状、意識障害などの、いわゆるショック症状を引き起こす病態を、一般的にアナフィラキシーショックといい、食物や薬剤で時に引き起こされることがあります。
この中で、運動誘発アナフィラキシー(exercise-induced anaphylaxis: EIAn)とは、運動が契機となってアナフィラキシー状態が引き起こされる病気です。運動の強さは、バスケットやテニス、アメリカンフットボールなど、激しい運動により引き起こされることが多いのですが、一方で、散歩などの軽い運動で起きることもあります。極端な例では、家の中で歩き回っていて起きることもあります。

わが国ではさらに、運動の前に食事をするとEIAnをより起こしやすくすることが多く、これを食物依存性運動誘発アナフィラキシー(food-dependent EIAn: FDEIAn) と呼んでいます。わが国では、誘因となる食物は、小麦関連製品とエビやカニなどの甲殻類が多いのが特徴ですが、近年、野菜や果物による発症も増えています。食べ物を食べてから数時間運動を避けることで、FDEIAnはある程度予防可能ですが、症状が起きてしまった時には、抗ヒスタミン薬や副腎皮質ステロイド薬を服用し、安静にすることが必要です。

さらに、重症例では、アドレナリンの筋肉内注射をし、直ちに救急搬送する必要があります。以前は稀な病気とされていましたが、医師の間で認知度が高まるにつれて診断例も増えています。日本小児アレルギー学会の、食物アレルギー診療ガイドライン2021によれば、中学生では、約6千人に1人に見られるとされていて、初発年齢のピークは10~20歳代とされています。

当クリニックの院長自身は、30年以上前、研修医時代に当直で初めてこの症例と思しき中年の男性患者さんに遭遇し、その後大学院に進んでから、先輩の指導の下に、10代から50代の11例の症例を解析し、日本人の成人の症例としては初めて論文として報告した経験があります。下の「ご参考までに」を参照してください(さらに興味のある方は、運動誘発アナフィラキシーとの出会いをご一読ください)。若い時に経験した症例が出発点となり、現在まで250人近くの患者さんを拝見・診療する機会に恵まれました。

どうして起きるの?

運動や食事がきっかけとなって、肥満細胞という、アレルギー反応で重要な役割を担う細胞からヒスタミンという物質が放出されます。このヒスタミンが、気管支を収縮させて呼吸困難を引き起こしたり、血管透過性を高めて血管の外側の組織に体液を漏出させることで蕁麻疹やむくみ、血圧の低下や時に意識消失を引き起こします。食事の後で運動をすることで、食物中に含まれるアレルゲンの吸収が高まり、蛋白質が未消化の状態で血液に入ることも誘因の一つと考えられています。

さらに、その時点で、運動に加えて、感冒罹患、総合感冒薬・消炎鎮痛剤の服用、疲労、ストレス、寝不足、飲酒、天候要因(寒冷、温度、湿度)、季節要因(花粉症)、生理前などの要因が併存していると、誘発される症状が強くなることがわかっており、これらはco-factorと呼ばれています。30年以上前にアメリカでこの病気が注目されることになったのは、屈強なプロスポーツの選手が、試合直後にシャワーを浴びると急に倒れる事例が頻発したからとされています。

どうすればわかるの?診断は?

運動中の典型的な症状や、特定の食物を食べて運動すると症状が出る場合には, 臨床的にある程度診断が可能です。一部の専門施設では、疑わしい食物を食べてから、心臓の検査で用いるトレッドミルの上を歩いて運動負荷をかけ、症状が誘発され、血液中のヒスタミンが上昇することを確認することで、FDEIAnとの診断を確定することもあります。ただし、運動負荷で必ず症状が誘発されるとは限らず、原因が確定できないこともあります。

一方、疑わしい食物アレルゲンについて、血液中のIgE抗体を測定して陽性であれば、診断の確実性は高まります。例えば、小麦については、特徴的なIgE抗体(ω5グリアジンに対する特異的IgE抗体)が特定できれば、診断の精度は高まりますが、血液検査で必ずしも陽性になるとは限りません。その場合には、より感度が高い、小麦抗原の抽出液を用いた皮膚テスト(プリックテスト)を実施する施設もあります。

ただし、現実的には、食物・運動負荷試験や皮膚テストまで実施可能な施設は限られており、一般的には、症状の発現状況を患者さんに十分に聞き、不整脈など他の疾患の可能性を鑑別・除外した上で、血液検査で抗体陽性を確認することで、臨床的に診断している施設が大半で、当院でもそのようにして診断しています。

どうすればいいの?

運動中に症状が出現した場合にはただちに運動を止めて安静を保つことが大切です。FDEIAnでは、食事の後2時間、症例によっては4時間以上安静にして運動をしないことも、発作を予防する上で有効です。起きてしまった症状に対しては、EIAn・FDEIAnのいずれでも、ヒスタミンの作用をブロックする抗ヒスタミン薬や、それ以上の進展を防ぐために副腎皮質ステロイド薬をただちに経口で服用します。患者さんは、前もって医師より薬の処方を受けて、発作時に備えて数回分携帯することが勧められます。それでも症状が進んでゆく場合には、医療機関を受診する必要があります。安定している時期には、co-factorに注意しながら、無治療で経過を観察することもありますが、症状が頻繁に起きる症例では、第2世代の抗ヒスタミン薬を一定の期間、続けて服用することも勧められます。

さらに、先ほど述べたco-factorが存在している時には、症状発現の可能性に十分注意して、疑わしい食物(食餌)を摂らない、状況に応じて抗ヒスタミンやステロイド薬を早めに服用するなどの対応が必要となります。逆に、co-factorをできるだけ重ねないことが発症の予防にとても大切です。症状が多臓器に及び、アナフィラキシーショックにまで進みそうな、あるいは進んでしまった症例では、アドレナリンの筋肉内注射を直ちに実行し、救急病院・救急部へ搬送することが必須です。逆に、ある程度以上の強度のアナフィラキシー症状を一度でも経験した患者さんでは、携帯用のアドレナリン自己注射液(薬剤名エピペン®)を常に携帯することが必要です。

いつまで続くの?

ただし、一生この病気で悩む人はむしろ少なく、いつの間にか症状が出なくなって薬も必要とせず、外来に通院しなくて済むようになる患者さんも大勢います。院長の個人的経験でも、これまで250人近く拝見して来た中で、継続的な治療を継続している患者さんも一定数おられますが、なんとなく落ち着いて受診されなくなった方も数多くおられます。この病気の活動性を評価する検査法は残念ながらありません。従って、現実的には、症状の出る頻度、強さ、患者さん側の条件、患者さんのご希望(心配だから薬を続けたい~薬を止めてみたい)を総合し、医師自身の経験も加味して、治療の内容や継続期間を選択することになります。

ご参考までに

院長が若かりし頃、東京大学物療内科の大学院在籍時代に、須甲松信先生(後に東京芸術大学教授)のご指導で、杉山温人先生(後に国立国際医療研究センター病院長)と共に行った2つの臨床報告をご紹介します。

  1. Dohi M, Suko M, Sugiyama H, et.al. Food-dependent, exercise-induced anaphylaxis: A study on 11 Japanese cases. J Allergy Clin Immunol 87:34-40, 1990.
    FDEIAnの疑いのある10代から50代の11名の患者さんに、皮膚テスト(プリックテスト)と血液中のIgE抗体の測定で疑わしい食べ物を推定し、それを食べた後にトレッドミルの上を歩いて頂き、症状の誘発と血液中ヒスタミン濃度の上昇を確認し、診断を確定しました。誘因となった主な食物は、これらの患者さんでは小麦とブドウでした。当時、アメリカのごく一部の研究者の間で注目されていたFDEIAnの症例を、初めて日本人の成人でも診断・確定した検討で、原著論文として米国アレルギー学会雑誌に掲載されました。
  2. 土肥 眞、須甲松信、杉山温人、山下直美、田所憲治、奥平博一、伊藤幸治、宮本昭正:アスピリン服用が増悪因子として作用したと思われるFood-dependent exercise-induced anaphylaxis の3症例。アレルギー39:1598-1604, 1990.
    (1)で報告した症例をさらに詳しく解析した結果、消炎鎮痛薬(アスピリン)の服用が症状を悪化させることを見出し、日本アレルギー学会雑誌に報告した論文です。前述したco-factorの存在を初めて記述した論文です。

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