アレルギーはどのようにして起き、進んでいくの?
「アレルギーはなぜ起きるのか」で説明したように、アレルギー反応の根本にあるのは、日常で吸入したり食べたりして身体に入ってくるタンパク質に対して、それぞれの局所で、あるいは全身性に「免疫寛容」が破綻し、過剰な反応が起きてしまうことです。その過程には、呼吸器系や皮膚、消化管などの粘膜バリアの機能が深く関わっています。
以下、気管支を例に説明します。少し詳しい話になりますが、興味のある方は読み進めてください。下の方に添付した、「気道炎症の免疫学的機序」のPDFを開けて見ながら読み進めて頂くと理解しやすいと思います。
気管支粘膜のバリアは、一番表面を覆う粘液、粘膜上皮細胞、杯細胞、粘膜層にある結合組織、筋肉や血管、その下の粘膜下層などが層状に重なり、外部からの病原微生物の侵入を防ぐように厳重に保たれています。表面の隣り合う上皮細胞どうしも、細胞間結合という仕組みで密接に結びつき連携していて、外部からの異物が粘膜の奥深くまで侵入できないようになっています。この「粘膜バリア機能」が良く保たれている時には、例えダニが侵入しようとしても、粘膜の中まで到達できるものは、ごくわずかです。この、わずかに侵入してきたダニに対して、我々の身体は、免疫寛容により、当初はあえて過剰には反応しません。ダニは、やがて樹状細胞やマクロファージなどの細胞に取り込まれて分解され、吸収されていきます。
ところが、この粘膜バリアの機能が不十分な場合、例えば上皮細胞自身が傷害されたり、上皮細胞どうしの結合が緩く隙間が空いていれば、その隙間を通ってより多くのダニが粘膜の奥へと侵入するようになります。これが繰り返されると、ついに身体は、ダ二を異物、排除すべきものと認識し(免疫寛容の破綻)、身体を構成しているタンパク質(ダニアレルゲン)に対する免疫応答が作動します。まず、樹状細胞がダニを取り込み、単に消化吸収するのではなく、タンパク質を細かい断片、ペプチドに分解し、その一部を細胞膜に出ているアンテナ(MHC分子)の上に、「抗原」として提示します(抗原提示)。すると、提示された抗原タンパク分子にのみ特異的に結合する受容体を細胞表面に持っているリンパ球(抗原特異的2型リンパ球)がそこに結合して、活性化されます。活性化された2型リンパ球は、形質細胞、好酸球など、免疫・アレルギー反応に関与する様々な細胞を活性化させ、気道・気管支の粘膜で炎症が起き、進行して行きます。
その一つとして、ダニアレルゲンに結合して後にアレルギー反応を引き起こす分子、「ダニ特異的IgE抗体」が産生されます。IgE抗体は、やがて血液中を流れて全身に巡るようになり、気道や皮膚、消化管組織などに分布する肥満細胞(マスト細胞)の表面の受容体に結合します。この、「特異的IgE抗体が産生されて、全身の肥満細胞の細胞膜上に結合した状態」を、そのアレルゲンに「感作された」と表現します。一度感作が成立した状態で、ダニが再び気道から侵入すると、ダニアレルゲンとIgE抗体との間で抗原抗体反応が起き、肥満細胞が活性化されて、細胞の中から様々な作用を持つ化学伝達物質(ヒスタミン、ロイコトリエンなど)が放出されていきます。化学伝達物質は、気管支の収縮や血管透過性の亢進による浮腫などを引き起こすので、その結果、咳や息苦しさが出現します。これが、従来I型アレルギーと呼ばれてきた、「IgE依存性」のアレルギー反応です。この反応を契機に、さらにリンパ球や好酸球などの炎症性細胞が活性化されて様々な化学伝達物質が放出されて、気道・気管支粘膜でアレルギー性の気道炎症が増幅されて行き、ついには気管支の収縮・痙攣に加えて、喀痰の分泌・貯留などが起きて、咳や息苦しさ、ヒューヒューゼイゼイという症状(喘鳴)、痰詰まりなどの様々な喘息の臨床症状が現れるようになります。このように、抗原提示を契機に,2型リンパ球の活性化が中心になり起きる一連の反応を「獲得免疫」「獲得型アレルギー性炎症」と呼びます。
一方、十数年程前から、もう一つの「自然免疫」と呼ばれる経路が次第に明らかにされています。この経路では、細菌・ウイルス・真菌などの病原体以外にも、たばこの煙、大気汚染物質、気象条件の変化(気圧・温度・湿度)などの様々な原因・誘因により、気道・気管支の粘膜上皮細胞が傷害を受けると、傷害を受けた上皮細胞から直接、例えばTSLP、IL-25、IL-33などのタンパク質が放出されて、それがある種の2型リンパ球(2型自然リンパ球(ILC2))を直接活性化し、抗原提示のプロセスを経ずに同様のアレルギー性炎症を引き起こしてゆきます。この機序は、先に述べた獲得免疫と対比して「自然免疫」と呼ばれ、一連の反応は自然型アレルギー性炎症ともよばれます。さらに最近の分類では、リンパ球以外の白血球の一つである好中球が病態に中心的に働く経路も想定されていて、獲得型・自然型いずれの2型リンパ球も関与していないことから、「非2型」あるいは「低2型」(アレルギー)反応と呼ばれています。実際には、これらの複数の経路が個々の患者さんで、関与の割合は様々ではありますが同時に関与していると考えられます。さらに、今後新しい細胞や機能分子が見出されてゆけば、ここで述べたアレルギー反応の機序の分類も新しく分類し直される可能性もあります。
獲得型にせよ自然型にせよ、あるいは両者が相まって、気道粘膜組織での炎症が伸展・増悪して行くと、やがて炎症は抑制できなくなり、繊維芽細胞や平滑筋細胞が増殖し、気管支は硬く肥厚して行きます。一方で喀痰の分泌も亢進し、それらの結果、呼吸困難感や喘鳴などの症状もより強くなり、呼吸機能の低下もより顕著になります。極端な場合には、痰が粘液栓となって気管支に詰まり、生命の危機に至ることもあります。このような状態を「気道のリモデリング」と呼び、気道の病的変化は不可逆的になります。実際の臨床では、いかにリモデリングを起こさせないかが、極めて重要です。
PDFを開けて、「気道炎症の免疫学的機序」の図を参照してください。
この手の図は、知見の進歩と共に日々新しく書き直されて行きますし、ここでこの図の詳細を説明するつもりはありません。見て頂きたいのは、一番上の、気道の粘膜の傷害が起点となって、以下、下の方に示した、様々な細胞や物質が関与した、極めて複雑な反応が起きて行くということです。従って、アレルギー反応では、その起点として、粘膜バリアが繊細で傷つきやすいこと(粘膜バリアの脆弱性)によって起きる粘膜上皮細胞の傷害・損傷が、極めて重要であることが判って頂けると思います。逆に、上気道、下気道、皮膚、消化管を問わず、アレルギーを起こしやすい患者さんは、大なり小なり、粘膜が過敏で傷みやすい体質を持っていると言えます。例えば、アトピー性皮膚炎のお子さんでは、皮膚のバリア機能が弱く、ダニが容易に皮膚深くまで侵入します。その結果、ダニの有するプロテアーゼと呼ばれるタンパク質分解酵素が粘膜組織を破壊し、炎症がさらにひどくなることが明らかにされています。気管支粘膜でも本質的には同様のことが起きています。
「粘膜バリアの脆弱性」を決める要因には、生まれ持った先天的な要因だけでなく、環境や本人の生活習慣などによる後天的な要素があります。後天的にバリアを傷める要因としては、タバコ煙、大気汚染、冷たい乾燥した空気、粘膜自身の乾燥・脱水などがあります。
それでは、粘膜のバリアを維持し、修復する治療はあるのでしょうか。最近、上で述べた獲得型もしくは自然型のアレルギー炎症の過程で重要な働きをしているいくつかのタンパク質分子(例:IgE、IL-5、IL-4/IL-13、TSLP)をピンポイントで抑制する抗体療法が、特に重症の患者さんのすでに起きてしまった気道炎症を治療する上で目覚ましい効果を発揮しています。一方で、こうした、ある特定の分子の働きだけを特異的に制御する治療法ではなく、粘膜上皮全体の傷害を修復させて、アレルギー反応の出発点を抑える治療法は、現状では残念ながらありません。余談になりますが、院長の土肥は東大の研究室のチーフ時代に、傷ついた気道上皮細胞の再生作用と獲得免疫抑制作用を併せ持つタンパク質(肝細胞増殖因子:HGF)に着目し、当時大学院生であった奥西勝秀医師を中心に、京都大学再生医科学研究所、大手製薬会社と共同で新たな喘息治療法の確立を試みましたが、残念ながら製剤化には至りませんでした(興味のある方は「粘膜は修復できるか:HGFの夢」をお読みください。)
以上より、現状で私共のできる事としては、適切な薬を適切な期間きちんと使う事と同時に、患者さん自身が、日頃から粘膜を可能な限り傷めないよう努めることが、とても重要です。当クリニックでは、患者さんに、適切な湿度を保つ、口の中を乾かさない、うがいや手洗いをして粘膜をウイルスなどの病原微生物の感染から防ぐ、などできるだけ気道粘膜を傷めない為の日常生活の留意点について、折にふれてお話するようにしています。