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全身が感作されるだけで気道は過敏になる

[2025.06.10]

このコラムでは、院長が東大アレルギーリウマチ内科、第14研究室のチーフ時代に、当時大学院生の黨康夫医師、中込一之医師らとともに行った、全身の感作と気道過敏性との関係についての、マウスを用いた実験研究の結果をご紹介します。

マウスの腹腔内に卵の白身(卵白アルブミン:以下OVA)を注射して、身体にOVAに対する免疫応答を起こさせます。この段階で、OVAに対するIgE抗体が脾臓で産生されて、前身に分布していますが、まだ局所では、抗原と出会っていないので炎症は起きていません。喘息の実験モデルとしては、この後でネブライザーでOVAをマウスに何回か吸わせて、気管支に直接アレルギー性の炎症を引き起こし、様々な解析に用います。ネブライザー吸入を繰り返した後では、当然、気管支に強い炎症が惹起されて、(狭義の)気道過敏性(気管支平滑筋の収縮のしやすさ)が亢進しています。一方、黨君が見出したのは、ネブライザー吸入の前、即ち全身でOVAに対する感作が成立しただけで、まだ気道に炎症が起きていない段階でも、無処置の対照マウスと比べて、気道過敏性が軽度に亢進していて、それがOVAに対する全身の免疫反応に起因していることでした(参考文献:To Y, Dohi M, Tanaka R, et. al. Early IL-4-dependent response can induce airway hyperreactivity before development of airway inflammation in a mouse model of asthma. Lab Invest 81; 1385-1396, 2002.)。つまり、ある抗原に感作されているだけで、気管支にまだ強い炎症が起きていない段階でも、すでに気管支が過敏で収縮しやすくなっているという事です。このことは、「なぜアレルギー・喘息の早期診断が重要なのか」で紹介した、「これまで気管支の症状を一切経験したことがない、ただしダニに対してIgE抗体を持つアトピー性皮膚炎の患者さんでも、中にはダニ喘息の患者さんと同じくらい気道がすでに過敏な人がいる」という臨床的な事実と符合します(Dohi M, Okudaira H, Sugiyama H, Tsurumachi N, et al. Bronchial responsiveness to mite allergen in atopic dermatitis without asthma. Int Arch Allergy Appl Immunol 92:138, 1990)。

では、どうしてそのようなことが起きるのでしょうか。そのプロセスには、どんな細胞が関与しているのでしょうか。これについては、後を引き継いだ中込医師が、その一端を明らかにしました。

マウスをOVAで免疫して誘導される免疫担当細胞群(免疫反応を起こす細胞の集団)を脾臓から集めて、何もしていない別のマウスの尾に注射して移入すると、移入された細胞の一部は、血管から出て気道の粘膜に移行し、そこで定着して、気道の過敏性を誘導することがわかりました。詳しく調べると、免疫反応で誘導された、メモリー/エフェクターT細胞という2型ヘルパーT細胞が、気道過敏性の誘導に関与していることがわかりました。つまり、ある抗原に対して全身の感作が成立した段階で、その抗原に対する記憶を持ち、再び出会ったときに反応しうる能力を持つリンパ球の一部が、血液中を流れて気管支粘膜にも分布・定着して、抗原が気管支まで侵入した時に、アレルギー反応をいつでも起こせる状態にあることがわかりました。(参考文献:Nakagome K, Dohi M, Okunishi K, et al. Antigen-sensitized CD4+CD62+Llow memory/effector T helper 2 cells can induce airway hyperresponsiveness in an antigen-free setting. Res Research 6:46 (on line), 2005.)

これらの実験により、院長自身が大学院生時代にアトピー性皮膚炎の患者さんで感じた疑問について、指導した大学院生達によって、その一端が明らかになりました。患者さんで観察された事実と基礎的研究とが、20年の時を経て結びついたことは、臨床と研究を同時に行って来た医師には、感慨深いものがありました。尚、黨医師は現在、国際医療福祉大学呼吸器内科教授として、中込医師は埼玉医科大学呼吸器内科教授として、患者さんの診療、学生教育、そして研究に精力的に取り組んでいます。

ただし、院長が院生の時の検討では、喘息のないアトピー性皮膚炎単独の患者さんでは、実際には気道で炎症がわずかながら起きているのか、あるいは全くもしくは殆ど起きておらずに、気道過敏性だけが一部の例で誘導されているのかは、明らかにできませんでした。そのためには、患者さんに気管支鏡検査を行い、肺の細胞を採取して、炎症の有無、程度を調べる必要があります。しかし、当時、気管支鏡検査は、気管支痙攣の可能性のある喘息の患者さんに対しては、ほぼ適応禁忌に近いと考えられていました。従って、アトピー性皮膚炎の患者さんに気管支鏡検査を行うことは、呼吸器症状があってもなくても、当時のコンセンサスからみても、あるいは患者さんへの負担の面からも実施できませんでした。

しかし、当時の検討と、これまでの大学・クリニックでの臨床経験を併せて考えれば、私は、呼吸器症状の全くないアトピー性皮膚炎の方でも、程度は様々でも、気道にごく軽度の炎症は起きており、その後の環境や条件によっては、それが増悪して喘息が発症する可能性があると考えます。ただ、多くの場合には炎症はそれほど強くはなく、気管支の治療を施すほどではない段階にとどまっているのではないでしょうか。一方で、アトピー性皮膚炎単独ではなく、アレルギー性鼻炎・花粉症や明らかに喘息を合併している患者さんでは、当然、より強い気道の炎症がすでに起きていると考えられます((「なぜアレルギー・喘息の早期診断が重要なのか」)

現在では、呼気中の一酸化窒素濃度(FeNO)を測定することで、気管支でアレルギーによる炎症がどの程度強く起きているかを、患者さんに負担をかけることなく、非侵襲的にある程度推定することができます。そこで、アトピー性皮膚炎単独の患者さんでも、一度この検査を受けることは、潜在的な気道の炎症を評価する上で意味があると、個人的には考えています。

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