COPDの診断・治療
COPDは喫煙により引き起こされる肺と全身の炎症で、肺だけではなく、全身の臓器を障害し、脳卒中や心筋梗塞などの血管障害やがんのリスクを高めてしまう病気です。禁煙・薬物治療・トータルライフケアが管理・治療の三本柱です。
どんな病気?
COPDとは、Chronic(慢性) Obstructive(閉塞性) Pulmonary(肺) Disease(疾患)の頭文字を繋げた略称です。タバコの煙や大気汚染物質などの有害な粒子やガスを吸入することで、気管支や肺に炎症が起きて持続し、その結果、徐々に呼吸機能が低下して慢性の呼吸困難・呼吸不全に陥る病気です。
現在、日本ではおよそ6百万人以上の患者さんがいると推定されていますが、医療機関を受診して正しい治療を受けている人は、その中のわずか25万人程度です。喫煙率が低下しない限り、COPDの患者数は今後も増えてゆくと考えられています。厚生労働省の提唱する、21世紀の日本人の健康を考える政策提言「健康日本21(第二次)」の中でも、COPDはがんや生活習慣病と並んで、今後取り組むべき最も重要な病気の一つとされています。
どうして起きるの?
COPDの原因は、わが国では9割以上がタバコ煙の吸入によるもので、患者さんの90%以上は自らが喫煙者ですが、受動喫煙でも発症します。タバコを吸う人の全てに起きるわけではありませんが、喫煙者のおよそ3割はCOPDになるリスクがあると考えられています。さらに、大気汚染や職業上の粉塵も時にCOPDを引き起こすことがあります。
タバコの煙には、およそ2百種類にも及ぶ有害物質が含まれていると考えられています。これらの物質が煙として肺に達すると、酸化ストレスあるいは窒素化ストレスと呼ばれる傷害を組織に与え、その結果、肺に炎症を引き起こします。この炎症が持続すると、肺胞や気管支などの正常構造が破壊されて肺の機能が低下し、進行すると呼吸困難などの自覚症状が現れます。一度壊されてしまった肺胞は、残念ながら元には戻りません。
さらにCOPDで重大なことは、こうした炎症の弊害は、肺だけでなく全身に及ぶということです。肺に生じた炎症が全身に及ぶ具体的なメカニズムはまだ十分に解明されたわけではありませんが、実際、COPDの人では、心筋梗塞、脳卒中、がん(肺がんだけでなく他の臓器のがんも含めて)、糖尿病、高脂血症、骨粗鬆症、筋肉の委縮やうつ病などの他の病気に罹る割合が、COPDのない人と比べて統計学的に有意に高いことがわかっています。
つまり、COPDとは、肺だけではなく全身に炎症を起こし、様々な病気のもととなる疾患なのです。 COPDの重症度は、後に述べる呼吸機能の指標によって、軽症のI期から最重症のIV期まで4段階に分けられます。この中で、III期、IV期の患者さんは、肺機能の低下による呼吸不全や荒廃した肺に感染症を起こして亡くなる、すなわち肺自身の障害に起因した理由で亡くなることが一般的です。これに対して、早期・軽症にあたるI期、II期の患者さんは、肺自体が原因で亡くなるよりは、むしろ先に述べた全身の様々な合併症で亡くなることの方が多いのです。さらに、喫煙による肺機能の低下の早さも、早期、特にII期の患者さんが一番大きいことも最近の研究で明らかになっています。つまり、たとえ息切れなどの呼吸器症状が無い早期の患者さんでも、肺を含めた全身で病気が隠れて確実に進行しているので、この時期から治療を開始することがとても重要になります。そのためには、この病気についてよく知り、呼吸器専門医を受診して頂くことがとても大切なことです。早期診断に最も有効なのは、次に述べる呼吸機能検査です。
どうやってわかるの?
COPDの患者さんでは、実はかなり病気が進行しないと、呼吸困難や咳・痰などの症状が出ないことが多く、さらに、胸部のレントゲン写真やCT撮影でも典型的な異常所見が認められないことも少なくありません。このために、早期診断がされず、適切な治療が行われずに進行してしまうことが多いのです。
COPDの診断は、喫煙歴と呼吸機能検査で確定します。測定機器の先端部を口で咥えて、大きく息を吸った状態から一気に吐き切る「最大努力呼気」をしてもらい、最初の1秒間でどれくらいの絶対量を吐くことができるか(1秒量)や、吐き出した量全体に対する最初の1秒間で吐き出した量の割合(1秒率)を指標にします。1秒率が70%以下の場合、肺に「閉塞性障害」があると判断します。同じように閉塞性障害がある気管支喘息では、β2刺激薬と呼ばれる気管支拡張薬を吸入すると呼吸機能が改善するのに対して、COPDの患者さんでは改善効果が認められないことが多いのが特徴です。
そこで、臨床的には、気管支拡張薬を吸入しても1秒率が70%を超えず、かつ喫煙歴がある程度以上ある人では、かなりの確率でCOPDと診断することが可能です。喘息とCOPDとの鑑別には呼吸機能検査で得られたカーブの形も参考になります。重症度は、1秒量の正常値に対する割合によって4段階に分けられています(I度:80%以上、II度:50~80%、 III度:30~50%、IV度:30%以下)。さらに、具体的に肺の破壊を視覚的に確認するには、胸部CT検査が有効です。ただし、早期の患者さんや、慢性の気管支炎が主症状のタイプのCOPDでは、CTでも著しい破壊像が見られないこともあります。さらに、70歳以上の高齢者では、喘息とCOPDとが合併することもしばしば認められ、ACOS(Asthma COPD Overlap Syndrome)と呼ばれ、最近注目されています。
最近では、1秒量の低下の具合を、標準的な低下曲線と比べて算出される「肺年齢」という指標も用いられています。当クリニックの呼吸機能検装置でも、先に述べた指標に加えて肺年齢を算出して患者さんに呈示しています。「あなたの呼吸機能は正常と比べて80%です」といわれてもピンと来ないかもしれませんが、「現在56歳のあなたの肺年齢は80歳です」と言われれば、驚いて何とかしようと思う方も多いのではないでしょうか。
どうすればいいの?
COPDの治療は、禁煙、薬物治療、全身管理の三つから成り立っています。
まず、ストレスの引き金となるタバコの影響を取り除くために、禁煙することが治療の第一歩です。どうしてもご自分で禁煙出来ない方は、禁煙外来にしばらく定期的に通院して頂き、薬物の補助を受けながら禁煙出来るようにサポートします。
次に大切なのは、薬剤により、気管支を広げ、肺の炎症を抑えることです。COPDに用いられる薬には、経口薬や吸入薬などがあります。これらを有効に安全に用いることで、呼吸困難感を取り除き、呼吸機能の低下を遅らせることが可能です。COPDの患者さんは、細菌やウイルスに感染することが引き金になって急激に呼吸困難が生じる事があり、これを「急性増悪」と呼んでいます。一度急性増悪を起こすと、たとえ回復してもその間に肺の破壊が進行し、その後再び増悪を起こしやすくなることが知られています。そこで、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンなどの接種を受けて、これらの肺感染症の予防を心掛けることも大切です。さらに、COPDでは全身に炎症が起きる結果、呼吸に用いる呼吸筋だけでなく、下肢などの全身の筋肉が衰え、やせ細ってきます。
そこで、十分な栄養を摂り、適切なリハビリや筋トレを行うことで、身体全体を衰えさせないことが必要です。適切な食生活や適度な運動は、COPDに合併しやすい糖尿病などの生活習慣病を改善し、脳卒中・心筋梗塞などの病気を予防する上でも有効です。さらに、うつ状態に陥らないように、適切な睡眠を取り、気持ちを前向きに保つことも大切です。つまり、身体全体で健康を目指すという「トータルライフケア」の考え方が、COPDの治療には大変よく当てはまります。
COPDは、トータルライフケアのもっとも良い適応であり、効果が期待できる疾患であると言うことができます。最近の研究では、COPD患者さんの生命予後(どれ位まで生きられるか)に最も影響する因子は、こうした身体活動度(physical activity)であると言われています。つまり、たとえ呼吸機能の低下が強くても、出来る範囲で積極的に身体を動かすことがとても重要だということです。
当クリニックでは、呼吸器専門医としての適切な診断・治療に加えて、日常生活の適切な管理について、トータルライフケアの観点から指導を行います。