気管支喘息の診断・治療

気管支喘息は、気管支が慢性の炎症により狭窄や過敏状態を引き起こし、発作性の呼吸困難や咳・痰を生じる病気で、その背景にはアレルギーが関与していることが多いと考えられています。治療としては、気管支拡張薬で狭くなった気管支を拡げることだけでは不十分で、ベースにある炎症を抑える「抗炎症療法」が最も大切です。喘息の患者さんでは、たとえ症状が無くても気管支の炎症が水面下で続いていることが多く、抗炎症療法を一定の期間止めずに続ける事が、難治化を予防する点からも大変重要です。現在の治療では、抗炎症療法の中心となるのは吸入ステロイド薬です。吸入方法を正しく理解することで、安全に効果的に治療を進めることができます。

どんな病気?

気管支喘息とは、気管支(気道とも言います)の粘膜に慢性的に炎症が起きる結果、気管支の内腔が狭くなり、気管支が様々な刺激に対して過敏になる結果、咳や痰、呼吸困難などの症状が急に起き、繰り返す病気です。誘因・原因は様々ですが、わが国で最も多いのは、抗原となるタンパク質(アレルゲン)を吸入することで気管支にアレルギー・免疫反応が生じて発症するタイプです。この他に、運動や特定の薬剤を服用することで同様の症状を引き起こすことあがり、それぞれ運動誘発喘息、アスピリン喘息と呼ばれています。

このように、喘息症状を引き起こす元の原因やメカニズムは単一ではないので、現在では“喘息は症候群である”と考えられています。

どうして起きるの?

気管支(気道とも呼びます)の炎症を引き起こすのは、様々な炎症性細胞と呼ばれる細胞です。以下に、典型的なアレルギー性気管支喘息について解説します。

私たちの身体は空気中の様々な物質を常に吸いこんでいます。多くの場合には、身体は免疫反応をおこさずにこれらをうまく処理しています。一方で、家ダニやカビ、スギなどの花粉、イヌやネコのフケなどに含まれるタンパク質は、身体に免疫反応を引き起こさせる性質をもっています。これらのタンパク質は鼻粘膜や気管支粘膜に分布している抗原呈示細胞に取り込まれて細かい断片に砕かれ、その細胞膜の表面にあるアンテナに呈示されます。するとそれを見つけたリンパ球などの細胞が血液の中から出て次々と粘膜組織にやって来て刺激され、活性化されてゆきます。

リンパ球は形質細胞という細胞を刺激して、認識したタンパク質の分子に対する抗体(IgE抗体)を産生します。作られたIgE抗体は、肥満細胞や好塩基球という細胞の膜表面に出ている受容体に結合します。この状態を、そのアレルゲンに「感作された」状態であると表現します。

感作が成立した状態で私たちが再び同じアレルゲンを吸い込むと、そのアレルゲンタンパク分子がIgE抗体に結合することで肥満細胞や好塩基球が刺激され、ヒスタミン、ロイコトリエンなどの物質を放出する結果、気管支が急に収縮したり、浮腫みを引き起こすことで気管支が狭くなり、実際の症状として、患者さんは空気が通りにくい感じ、特に息が吐きにくい感じを覚えるようになります。

これらの活性化された細胞はさらに、好酸球などの様々な細胞を刺激し、様々な物質が産生されて気道の炎症が続き、悪化してゆきます。気管支の表面を覆う上皮細胞のバリアの一部が破壊されてその下の組織がむき出しになるので、気管支はタバコの煙などの刺激に敏感になり、ちょっとしたことで咳や痰が誘発されたり、気管支が収縮するようになってゆきます。これを「気道過敏性」と呼び、喘息に特徴的な現象とされています。

先ほど、喘息の病因は単一ではないと書きましたが、いずれの病因であっても最終的には、ほぼ同様の気道炎症が起きると考えられています。つまり、“気管支喘息とは気道の慢性炎症である“ということができます。

こうした炎症は、以前は可逆性、即ち治療で元に戻るものと考えられていました。しかし研究が進歩するとともに、ある程度炎症が持続してしまうと粘膜が厚くなり、元に戻らなくなることがわかりました。こうした気道組織の不可逆性の構造変化を”リモデリング“と呼びます。リモデリングを起こしてしまった気管支では、慢性的に空気の通過制限が生じているために、治療の効果が不十分になりやすく、日常生活にも支障をきたしやすくなってしまいます。つまり、気管支喘息の治療では、炎症をきっちりと抑えて、リモデリングの段階にまで進めないことが非常に大切になります。

(別項の「アレルギーはどうしておきるか」も参考にしてください)

どうやってわかるの?

気管支喘息の診断は、疑わしい症状・徴候と除外診断からなりたっています。発作性の呼吸困難や喘鳴は、喘息以外の様々な肺や心臓の病気で起きることがありますが、喘息による症状は特に夜間や明け方に起きやすいという特徴があり、症状が無症状の時期を挟んで繰り返すことも特徴的です。加えて、症状が様々な誘因(埃を吸い込む、風邪をひく、痛み止めを服用する、運動する、お酒を飲む、気候の変化、大笑いや大泣きするなど)により引き起こされたり悪化することも、喘息を疑わせる有力な根拠となります。

典型的な症状が認められ、かつ症状が他の病気によるものではないことが明らかになれば、臨床的に喘息と診断されます。鑑別のためには、呼吸機能検査や胸部レントゲン撮影、心電図、採血検査などの検査を必要に応じて行う必要があります。

喘息の呼吸困難の特徴は、息を吐こうとするときに気管支が狭くなり、スムーズに吐けないことです。これを、呼気性呼吸困難といい、こうした特徴をもつ障害を閉塞性呼吸障害といいます。閉塞性障害があるかどうかは、呼吸機能検査をすればわかります。閉塞性呼吸障害を示す代表的な病気が、気管支喘息と他の項で述べる慢性閉塞性肺疾患(COPD)です。COPDと同様に、息を最大に吸った状態から一気に吐き切る「最大努力呼気」をしてもらい、最初の1秒間でどれくらいの絶対量を吐くことができるか(1秒量)や、吐き出した量全体に対する最初の1秒間で吐き出した割合(1秒率)を指標にします。1秒率が70%以下の場合、肺に「閉塞性障害」があると判断します。さらに気管支喘息では、β2刺激薬と呼ばれる気管支拡張薬を吸入すると1秒量が吸う前と比べて改善することが特徴的で、これを「気道の可逆性」と呼んでいます。可逆性が認められたということは、逆に言えば、普段は本来開いているべき気管支が十分に拡張していないことを意味しています。

アレルギーとの関係で言うと、喘息は、明らかにアレルギーの関与が認められるアレルギー型(別名アトピー型)と、関与が明らかでない内因型(別名感染型)とに分けることがあります。患者さん自身に花粉症やアトピー性皮膚炎などの他のアレルギー疾患があったり、血液検査をすると例えばハウスダストやダニ、カビ、ペットに対するIgE抗体が見つかったり、あるいは家族にアレルギー疾患があって、喘息の発症にアレルギーの関与が強そうな場合にアレルギー型・アトピー型に分類します。わが国では気管支喘息の6,7割はアトピー型で、特に幼少期に発症する喘息の大半はこのタイプです。アレルギーの関与が強いことを「アトピー素因がある」という表現をすることもあります。

どうすればいいの?

これまで述べたように、喘息とは、アレルギーその他が引き金になって気道に炎症が起きる結果、気管支が狭くなって息が吐きにくくなることを発作性に繰り返す病気です。そこで、気管支拡張薬を用いて気管支を拡げることも臨床的に効果があります。

一方で、さらに重要なことは、気管支の炎症を日頃から十分に抑えてコントロールしておくことです。そのための中心的な薬剤が吸入ステロイド薬(inhaled corticosteroid: ICS)です。これはごく微量のステロイド薬(1回あたり50~200マイクログラム)を専用の吸入器を用いて口から吸入し、その後うがいをする動作を1日1~4回、症状の強さに応じて行う治療法です。

約20年ほど前から、様々なタイプのICS製剤が開発され普及して来るにつれて、喘息のコントロールは飛躍的に改善しています。発作で救急外来を訪れる患者さんの数も年々減少しています。さらに、喘息の発作で命を落とす「喘息死」の患者さんの数も、わが国では年間7千人から2千人弱まで減少しています(ただし、まだ2千人もいることが問題で、厚生労働省は現在「喘息死ゼロ作戦」として喘息死患者を一人もなくそうという目標を掲げています)。

統計をみると、喘息死の数とICSの普及率とは明らかに逆相関を描いており、ICSの適切な使用が喘息のコントロールにとって不可欠の治療であることを示していると言えます。最近では、ICSに長時間作用型の気管支拡張薬(β2刺激薬)を組み合わせた配合剤が開発され、大きな効果を発揮しています。ただし、長時間作用型のβ2刺激薬だけを単独で使用することは、不整脈などのリスクを高めてしまう点から禁忌とされていて、喘息の患者さんでは必ず吸入ステロイド薬と併用することが勧告されています。一方、ごくごく軽症の方を除いては、少し症状が出た時だけ短時間作用型の気管支拡張薬をその都度使ってその場をしのぐような治療法は、気道の炎症を放置してしまうことになるので、将来もっと強い症状を引き起こす可能性があり、お勧めできません。

一方、風邪や疲労、ストレスなどが引き金となって急激な強い気管支狭窄(喘息発作)を起こしてしまった場合には、強力な気管支拡張作用のあるアドレナリンを筋肉内注射したり、β2刺激薬をネブライザーを用いて吸入したり、ステロイド薬やテオフィリン薬を点滴で投与するなどの治療をして、気管支を出来るだけ拡げながら炎症を抑えることに努めます。外来で効果が十分見られない場合には、入院して治療を継続することになります。発作を出来るだけおこさないためには、普段から気道の炎症をしっかりコントロールしていることが大変に重要です。

咳喘息って何?

最近増えていると言われる喘息に関連した病気の一つに「咳喘息」があります。咳喘息(cough variant asthma: CVA)とは、喘鳴(ゼイゼイ・ヒューヒュー)や呼吸困難発作を示さず、呼吸機能検査が正常であるにも拘わらず、慢性の空咳(痰を伴わない咳)だけが続く病気です。

わが国の慢性の咳の30%以上がこの咳喘息によると報告されています。喘鳴が無いことで喘息とは区別されますが、簡単に言えば、喘息の前段階あるいは軽症型として位置づけることができます。実際、喘鳴を起こす典型的な喘息と比べても、気道の炎症の程度、気道過敏性などの病態を示す様々な指標が軽症の喘息といえる範囲にあり、アレルギーの関与の程度も同程度です。

咳喘息の患者さんは、喘鳴がないために自分が喘息であるとは思いもよらず、咳止めだけを処方されて飲み続けるが効果がないといったことをよく経験します。咳喘息の咳には通常の咳止めは効かず、β2刺激薬が有効であり、このことが診断をつける上で重要とされています。

診断が確定した後は、典型的な喘息と同様に吸入ステロイド(ICS)が治療の中心となります。ロイコトリエンという物質の作用をブロックする薬剤も有効です。咳喘息は、放置すると30%の患者さんが喘鳴を訴える典型的な喘息に移行するといわれており、ICSをきちんと吸入することが予防に大切であると考えられています。

アトピー咳嗽という病気もあるの?

喘息・咳喘息と似ているが多少ことなる病気がアトピー咳嗽です。欧米で認知されている「非喘息性好酸球性気管支炎」と全く同じではありませんが、類似点の多い病態と考えられています。咳喘息と同様に空咳が唯一の症状で、アトピー素因が関与する点も共通ですが、β2刺激薬が無効であり、かわりに抗ヒスタミン薬と吸入ステロイドが有効です。典型的な喘息への移行がないことも咳喘息とは異なっています。

喘息、咳喘息、アトピー咳嗽を合わせると、慢性に続く咳の患者さんの約6,7割が該当するとも考えられています(咳の診断・治療を参考にしてください)。