アレルギーの患者さんはなぜ増えているのか

現在、日本などのいわゆる先進国と呼ばれる国々で、花粉症や喘息、食物アレルギーなどのアレルギー性疾患の患者さんの数は増加傾向にあります。例えばわが国では、最近では小学校低学年児童にまで花粉症が見られるようになっています。一方で、いわゆる発展途上国では、アレルギー性疾患はそれほど増えていません。この違いを説明する仮説の一つが、衛生仮説と呼ばれている説です。衛生仮説とは、乳幼児期の衛生環境が個体の免疫系の発達へ影響を及ぼして、その個体がアレルギーになりやすいかどうかを決めると言う仮説です。その一例が、乳幼児期の感染とアレルギー発症との関連についての仮説です。私たちの身体にあるリンパ球という細胞は、免疫機能を維持する上で大変重要な機能を担っている細胞の一つです。このリンパ球には様々な種類がありますが、衛生仮説とは、この中のTh1(Tヘルパー1)細胞とTh2(Tヘルパー2)細胞という二つの細胞のバランスを重視する説です。

Th1細胞は細菌やウイルスに対する免疫・防御機構を担い、Th2細胞は寄生虫に対する防御に預かると同時に、過剰になればアレルギー反応を引き起こします。私たちは生まれてくる時には、Th2細胞が優位の状態で生まれてきます。これは、Th1細胞の産生するインターフェロンガンマという物質が母親と胎児との間で拒絶反応を引き起こすことが無いように、Th1細胞を抑え込んでおく必要があるためです。その後、様々な細菌やウイルスに感染することでTh1細胞の数や機能が高まり、当初Th2に傾いていたバランスが修正されてゆくことで、免疫系全体としてのバランスがとれるようになります。

ところが、生まれてからあまりに清潔な環境で過ごし、感染を受ける機会が少ないと、本来成熟するべきTh1反応が育ってこないために、いつまでたってもTh2優位の状態が是正されずにいる結果、アレルギーの発症を引き起こしやすくしているというのがこの仮説です。この説を提唱したのは、イギリスのStrachanという研究者達で、彼らは1958年に英国で生まれた新生児約1万7千人を対象に追跡調査を行い、アレルギーの発症に何が影響を及ぼすか解析しました。その結果、兄や姉のいる弟妹ほど、統計学的にアレルギーに罹りにくいことが判りました。この結果を見て彼らは、弟や妹の方が兄姉から感染する機会が多いためにアレルギーになりにくいのではと考えて、衛生状態が関与する仮説ということで「衛生仮説」と呼んで提唱したのです。その後、この仮説を支持するような他の疫学的データや動物実験の結果も出てきて、この仮説の根本的な部分は支持されるようになりました。

ただし、現在では、単にTh1,Th2細胞だけがアレルギーのなりやすさに影響を与えるリンパ球ではないことが判っていますし、感染の機会の多い少ない以外にも、乳幼児期の腸内細菌環境や、ディーゼル粒子の存在などの感染以外の環境要因も影響していることも知られています。いずれにせよ、私たちを取り巻く外部環境に対する個体の対応がアレルギー疾患の増加に繋がっていることは間違いありません。

それでは、例えば腸内細菌環境などの内部環境を整えることでアレルギーの発症は予防・抑制できるのでしょうか。マウスを用いた動物実験では、乳酸菌を食べさせると気管支喘息の程度を軽くすることができたという報告もされています。人では、現時点では明らかに科学的な効果は完全には実証されていませんが、今後の研究の進展に期待したいところです。さらに、トータルライフケアの視点に立てば、適切な食生活を送り、腸内細菌叢を健全な状態に保つことは、それ自体で直ちにアレルギーの解決に結びつくとは言えないかも知れませんが、体全体の健康を増進させる上では大変有益だといえます(トータルライフケアとはを参照してください)。